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      横須賀で暴力団狩り〜モロッコの辰一家、6名を検挙    
追加情報・モロッコの辰は有名人だった!
昭和30(1955)年1月8日・神奈川新聞
横須賀署は6日夜8時までに内偵中の町のダニ暴力団モロッコの辰一家 =親分安浦町 出川龍二(34)[仮名] = の6名を検挙、なお逃走中の5名を暴行傷害の疑いで追っている。
逮捕したのはモロッコの辰こと出川龍二の内妻 市川千鶴子(23)[仮名]を詐欺容疑で、また子分の日の出町 川田喜一(27)[仮名]は強盗傷人、銃砲刀剣類等所持取締令違反、覚せい剤不正所持の疑いで、さらに共犯の同町 北林安也(24)[仮名] 米が浜通り 竹田昭一(26)[仮名]、西田博一(22)[仮名]、堀田章二(22)[仮名]らチンピラで、ほかに逃げた5名を共犯として追っているが、親分の出川龍二は麻薬使用の疑いがあり逮捕に向かったが、肺結核で重態のため身柄は在宅にしてある。
川田の自宅からはヒロポン5CC入75本と短刀、自転車のチェーンでつくったムチ1本を押収した。
調べでは、アネゴの市川千鶴子はモロッコの辰とともに夫婦そろって麻薬中毒患者で、麻薬を買いあさるため昨年10月28日夜若い衆1人を連れて日の出町横須賀タクシー運転手池山二郎さん(23)[仮名]に乗り横浜市内をグルグル乗り回し、料金1300円を「あす家へとりにこい」といってその夜は払わず、家にとりに行くと若い衆が出てきておどして帰すという手段で10件95000円をタダ乗りしていたもの。
また川田ら10名(逃走中の5名を含む)はいずれもヒロポン中毒患者で、さる4日夜11時ごろ、オトソ気分のホロ酔いで米が浜通りを歩いていた安浦町、明大生 青木孝彦さん(22)[仮名]、日の出町 同 平田正和さん(20)[仮名] ・同町 工員 岩佐潤一さん(20)[仮名]の3名を「学生のクセに酔ってナマイキだ」と竹田ら3名が下宿している松下栄三郎さん方に引きずりこみ約2時間にわたって木刀、刃物で殴ったり切りつけ青木さんは10日間、岩佐さんは7日間の傷をそれぞれ全身に負わされ、平田さんはオーバーを強奪された。
徹底的におどされた3名はこのため後難を恐れて家出を決意し、重傷で動けない青木さんを除いて平田・岩佐さんの両名は5日家出し家人から捜索願がでる始末で、同署では両名のゆくえを調べている。
後難を恐れて届出ないものが多いので、同署では彼らの暴力から絶対守り通すから被害者は届けてほしいと要望している。
●恐るべしモロッコの辰!!●
モロッコの辰・・・。
誰がつけたか知らないが、よりによってモロッコって、すごい。しかも強いんだか弱いんだかまったくわからないところが微妙でいい。
しかもモロッコの辰は
ヒロポン中毒だった。
ヒロポン・・・今となっては聞きなれない言葉だが、当時は大変な問題になっていた麻薬だ。終戦をむかえると、その混乱に乗じて旧軍隊で使用されていた
覚醒剤のストックが闇市などに放出され、これによって引き起こされたヒロポン中毒が全国に蔓延する。1954年にはなんと全国で5万人以上の中毒患者を生んだという。まさにそんな混乱の中だから、なおさらヒロポンが注目されていたのだ。
しかし川田の自宅から押収されたのは
ヒロポン75本と短刀、そして何に使うのか自転車のチェーンでつくったムチ1本・・・。
さて、ヒロポンのせいかは知らないけれど、モロッコの辰一家は
町のダニ暴力団と呼ばれるくらいの相当なワル集団だ。
タクシー運転手の池山二郎さんのケースなんて
古典的な手段だが、さんざんタクシーに乗っておいて後日運賃を請求させ、挙句の果てに若い衆を使って追い返すなんて相当セコい。そうかと思えば、おとそ気分で米が浜通りを歩いていた若者たちに至ってはもう悲惨としか言えないようなひどい仕打ち。
「学生のクセに酔ってナマイキだ」といちゃもんをつけて2時間にわたって脅してボコボコにしてしまうなんてひどい。ショックを受けた3名はついに家出を決意する、なんてちょっと笑えない話だ。
平田さん「もうだめだ。この街にはいられねえよ。」
岩佐さん「モロッコの辰に目を付けられたら何されるかわからない。逃げよう。」
青木さん「(痛む腰を押さえながら)お、俺を置いて逃げてくれ〜俺はもういいから。」
2人「何言ってんだよ、俺たちいつもいっしょだぜ。」
・・・そんな会話が翌日までに繰り広げられたかどうか定かではないが、平田さんと岩佐さんは
翌日に家出を決行してしまう。
家族が捜索願を出して青木さんの話などから犯行が発覚したのだろうが、一度町のコワイ人たちに睨まれたらちょっと警察に言うのは勇気がいるかもしれない。

彼らの暴力から絶対守り通すと警察は頼もしいお言葉だ。
モロッコの辰が摘発されて一番喜んでいるのは青木さんだろう。
家出をした2人はいまだに知らないまま一体どこに?
その後の足跡はもちろん、新聞にはなかった。
追加情報・モロッコの辰は有名人だった!
ネットウォッチャーの方から、モロッコの辰に関する情報をいただいた。
なんと、彼は小説化され、映画化もされ、さらに歌にも登場する有名人だったというから驚きだ。

小説・・・山平重樹『モロッコの辰 横浜愚連隊物語』(幻冬社アウトロー文庫)

アウトロー文庫、恐るべし。さらにこの本の紹介には『横浜中の親分を震えあがらせ、不良を痺れさせたアナーキーでダンディな愚連モロッコの辰。組織や束縛を嫌い、完全な自由人であり続けた男が貫いた一生の美学は多くの若者に影響を与えた。
新聞社内で拳銃自殺決行という衝撃の最期を遂げた野村秋介の魂の源もここだった!辰に憧れ、その死後も生き様を継承した男たちを描く鮮烈なドキュメント。』とある。
むむっ。野村秋介と言えば朝日新聞社で拳銃自殺した右翼の大物だったような・・・。なんかきな臭くなってきたけど辰は相当な大物のようだ。

映画・・・和泉聖治監督、柳葉敏郎主演『Morocco 横浜愚連隊物語』

この紹介はこう。
『山平重樹のノンフィクション「横浜愚連隊物語 モロッコの辰」を映画化。戦後まもない横浜を、無敵の愚連隊を率いて彗星のように駆け抜けた実在の人物“モロッコの辰”こと出口辰夫モロッコハットをかぶり、映画「モロッコ」を愛した、この陽気なならず者の生き様を描いたアクション映画。何者にも膝を屈せず、血と銃と抗争に生きた強烈な個性を、柳葉敏郎は圧倒的な迫力で演じている。 』

柳葉敏郎ファンの間ではこの役は”室井管理監”に次ぐハマリ役という評判らしい。
出口辰夫・・・。当時の新聞記事によるとモロッコの辰の本名は字が違うながらも酷似している。どうやら本人のようだ。
それにしてもなぜ”モロッコ”なのか、の謎が解けた。映画の『モロッコ』からか。うーん、かっこいい。
何だかおもしろい展開をみせてきたモロッコの辰、続報があり次第追加情報を。

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2000.10.16