| 帰国した彼らは、一時期バンドを組んだこともあるらしい。「でも、ピアノ2台はいらないだろうと、(弟に)『おまえ、ドラムやれ』って言ったんです(笑)」。兄の“指令”に「素直に従いました(笑)」という圭土。さらに下の弟にベースを担当させたバンドは、その名も『レ・フレール』だったという。身内を集めては演奏していた、今となっては幻のトリオだ。 |
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| しかし、「プロミュージシャンになりたいと、常に意識していました」と圭土が語るように、“音楽でメシを食っていくこと”は、15歳の時から思い続けていたという。「ロマンチストな父の影響はありますね。(将来のリスクを子どもに)怖がらせなかったんです」と守也は話す。試行錯誤をしながらも、『夢』を貫き通す精神力と環境が、そこにはあったのだ。 |
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長い海外暮らしのために、組む友達もなかなか見つからず、守也はアルバイトをしながら黙々と曲作りに取り組んだ。一方、圭土はレゲエバンドなどに入り、表現の場を求め続けた。慎重で繊細な“職人”タイプの兄と、がむしゃらで行動的な弟。対照的な性格をもつ2人は、お互いを支え合いながら、夢を現実にするきっかけを探し続けた。
帰国後の日々を「何にもうまくいかなくて、ものすごく葛藤していたんです」と守也は振り返る。「もっと現地で勉強しておけばよかったかな、って思った事もありました。もう、意地で音楽を続けていたようなものですね」。そんな時、一緒にやらないか、と声をかけたのが圭土だった。「(兄は)やるぞ!って火をつけないと、動かないんです(笑)」。 |
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そして2002年9月、『レ・フレール』は横須賀中央・Younger Than Yesterdayのステージに立つ。初回から記録的動員を成し遂げた2人は、以来毎月1回、この白いピアノに向かう。曲作りは、半々ずつ。とりわけ、2人の趣味に共通する“民謡”にこだわる。ブギ、和、ロシア…ただのBGMではない、“魂を揺さぶる”曲と演奏が、彼らの真骨頂だ。
家では、別々に作曲したものを出し合い、アレンジを加える。「お互いの性格は曲にも表れますね。『これやったら怒るかな?』なんてこともあるんです」。2人それぞれのこだわりを緻密に調整していく作業には、かなりの時間をかける。さらに、演奏中に手がぶつからないか、そして(鍵盤への)タッチの力加減をどう合わせていくか、も重要だ。 |
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「ピアノ、という競争率の高い楽器の中で、自分なりにいい演奏をしていけたらいいですね」(守也)「ブギをピアノでやるプレーヤーは、日本ではほとんどいないと思うんです。少しでも多くの人に聞いてもらいたいです」(圭土)
「横須賀のこの舞台は、ホームグラウンド。大好きな地元で演奏できることは、何よりも誇りですね」と語るレ・フレールの2人。
固い絆で結ばれた彼らは、今日も“魂のブギー・ピアノ”を叩き続ける。 |
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◇彼らがホームグラウンドにする“YTY”とは?
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