大島昌宏・夢の軌跡

昭和9年
(1934)
福井県福井市に生まれる。生家は福井駅前通りで釣具店を営む。福井市立順化小、福井市立光陽中に通う。
昭和20年〜28年の短い間に、福井市を空襲・震災・水害と3度の大災害が襲う。この時の体験が後の『九頭竜川』執筆の原点になる。
昭和28年
(1953)
福井県立藤島高校を卒業。
生家の前に映画館があり、全盛期の洋画・邦画に親しむ。高校生の頃はシナリオライターを志し、コンテストに応募することも。親に大反対されるが、日本大学芸術学部映画学科に進学。
昭和32年(1957) 日本大学芸術学部映画学科卒業。
映画会社への就職を希望するが、断念。以後、広告制作会社、広告代理店などに勤める。折しも民放は昭和28年から放送を始めたばかり。まさにテレビの成長とともに1000本以上のコマーシャルのプロデュースを手がける。
昭和42年(1967) 結婚。一男一女をもうける。
海や自然を求めて、都内から神奈川県横須賀市に居住。都内の会社まで往復3時間以上かけて通う。
昭和60年(1985) 51歳夏、小説を書こうと志し、『九頭竜川』の稿を起こす。
平成3年(1991) 夏、『九頭竜川』(新人物往来社)上梓。
横須賀の町を巡りながら、ペリー来航時に活躍した中島三郎助という人物を知る。これを題材にした歴史小説に取り組み、『時代小説』(新人物往来社)に執筆を重ねる。
平成4年(1992) 『九頭竜川』で第11回新田次郎文学賞受賞。
平成5年(1993) 勤めを辞め、作家活動に専念。
平成6年(1994) 罪なくして斬らるー小栗上野介』(新潮社・1998年に学陽書房人物文庫)上梓。
平成7年(1995) 北の海鳴りー小説・中島三郎助』(新人物往来社)上梓。
罪なくして斬らるー小栗上野介』で第3回中山義秀文学賞受賞。
福井新聞紙上で10月から翌年8月まで『炎の如くー由利公正』を25回にわたって連載。
平成8年(1996) そろばん武士道』(新潮社)上梓。
平成10年(1998) 結城秀康』(PHP文庫)上梓。
平成11年(1999) 幕末写真師 下岡蓮杖』(学陽書房)上梓。
秋に入院。闘病を続けるが12月14日に死去。
海の隼 参謀・三浦按針』(学陽書房)が出る。
柳生宗矩 徳川三代を支えた剣と智』(PHP文庫)が出る。
平成12年(2000) 『そろばん武士道』の文庫が学陽書房から出版される。

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