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      観光船、ここに眠る    

観光船、ここに眠る

採集地⇒横須賀市船越・長浦港 地図
★現在はありません★
追加情報・観光船、ありし日の雄姿を発見!

廃墟は家だけではない。
数え切れないほどの人々を運んだ観光船だって、使われなくなったらゆっくりと眠る場所を探している。
ここでその体を休めているのは油壷〜城ヶ島間を渡していた”みさき号”だ。中はよく見えないが、100人くらい乗れるのだろうか、2階建てだ。全長は15メートルほどといったところか、決して小型とは言えない大きさだ。
外観は錆び、後部甲板は朽ち果て、あとは解体を待つのみといったもの悲しい雰囲気が全体からひしひしと伝わってくる。
かろうじて見える看板
現在の観光船 この船、おそらく昭和30年代とかに登場して大活躍していたのではないかと思われる。
三浦半島・20世紀の事件簿】のこの記事に観光船の発着について書いてあるが、当時の花形の船だったんだろう。
それが古くなり、現在は右のようなカラフルに彩られた船に変わっている。
大きさも”みさき号”よりひとまわり小さくなっている。城ヶ島観光船の利用客の減少によるものかもしれないが、今日も島の外周をまわるものと油壷へ行く船はちゃんと航行を続けている。
この場所には以前、猿島へ行く観光船が同じく廃船を待っていたというから、ここは役目を終えた観光船の解体待ちの港であるらしい。
ここの後ろは自衛隊の施設で、護衛艦や輸送艦がそのピカピカの巨体をさらしている。
そのすぐそばで、たくさんの観光客の思い出の詰まったみさき号は、静かにその一生を終えようとしていた。
観光船の全景

追加情報・観光船、ありし日の雄姿を発見!
三浦半島・20世紀の事件簿のために図書館で過去の新聞記事を漁っていたら、昭和40(1965)年10月23日の『カメラ散歩・半島の秋』というミニ連載企画の中に、現役時代の”みさき号”の姿を発見した。
そしてこんな記事があった。
詩人北原白秋が愛し”雨はふるふる・・・”の詩のなかに”主(ぬし)の心意気”をこめた歌いこめた”通り矢の鼻”あたりから赤白のスマートな観光船が出てきた。接近するにつれてスピードを増し、みさき丸の船名が読みとれる。これは城ヶ島を通り油壷へ向かう連絡船だ。−

当時は赤と白のスマートな船体だったわけだ。
40年近く活躍したみさき丸も今は田浦の港に・・・。
とにかく、お疲れ様。
ありし日のみさき号

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2000.9.18