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| 秋の三浦半島ウォーク2002・第2弾 海のくらしと丘のやすらぎ〜南の入り江ウォーク【後編】 |

| ●もくじ● | |
| ◇このツアーの詳細地図はこちら→南の入り江ウォークマップ | |
| 【前編】道のおわり、その先の青い海〜浜諸磯への道 | |
| 魚市場、歌舞島を通り、のどかな海の暮らしを見ながら岬の果てへ | |
| 【後編】油壺の静寂、荒井浜の澄んだ渚 | |
| ヨットハーバーを越えて静まり返った油壺、そして荒井浜ビーチへ |
| ◆油壺の静寂、荒井浜の澄んだ渚 | |
| 尾上町の交差点まで戻り、諸磯(もろいそ)湾方面へと正規ルートを歩き出す。 坂を登りきると、右手には白いコンクリートの壁が・・・。 ここは、”本当にこわい廃墟7”があった場所。 あの茶色い建物はとっくに壊されて、こんな壁に変身してしまっていた。 |
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坂を下りると、ここからがヨットハーバーが並ぶエリアだ。 まずは諸磯湾。 さっき通った浜諸磯の海と、この諸磯湾は違う。 とってもややこしいけれど、この辺りは入り組んだ地形になっていて、入り江と岬がめまぐるしくたくさん登場するのだ。 そして海の色と雰囲気もぜんぜん違う。 浜諸磯の海は広い相模湾に面していて、沖にも海辺にも波が立っていたが、こちらは全く動きのない静かな静かな湾。 |
| なのでヨットの係留には最適の場所なんだろう。 たくさんのヨットが、次の休日出勤まで体を休めるべく、寄り添うように並んでいた。 浜諸磯の高台に広い別荘を構え、海を見ながら朝のコーヒーを飲む。 太陽が高く昇りはじめたら、さあて、ヨットでも動かすか、と諸磯湾へ・・・。 うーむ、丘のくらしはどこまでも優雅だ。 |
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平日に繰り広げられる海のくらし、そして休日に展開される丘のやすらぎ。 日によってさまざまな顔を見ることができるのがこのウォークのおもしろさだ。 諸磯湾をあとにして、油壺(あぶらつぼ)湾へ向かう。 終点間近だが、左の画像の地点まで来たら迷わず左に降りて油壺湾へと回り込むといい。 |
| 北条早雲(ほうじょうそううん)が率いる7000の大軍が攻めてきたここ一帯。 これを迎えたのが三浦道寸義同(みうらどうすんよしあつ)と子の荒次郎義意(あらじろうよしもと)。 彼らは高台の新井城に立てこもることになる。 この新井城は三方を湾に囲まれ、唯一陸と通じるのが現在の引橋(ひきばし)交差点。 ここの橋を遮断すると、難攻不落の要塞になるのだ。 |
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この城で大軍相手に3年も戦ったというのだからすごい。備蓄してあった2000俵の米で耐え、援軍を待つ作戦に出たのだ。 しかし1516年7月11日、ついに陥落。 義同父子は自害、家臣たちも討ち死にしたりこの湾に身を投げ、湾一面が血で染まったのだという。 こうして、三浦一族は全滅してしまう。 まるで油を流し込んだような壮絶な光景。 ここから『油壺』の名がついたのだという。 |
| ヨットが並ぶ油壺には、約500年前に凄惨な戦いがあったとは思えない静寂が支配していた。 波が全くなく、まるで鏡のように空を映す水面。 三浦一族最期の地となった小さな入り江は、他の湾とは全然違う、何か荘厳な雰囲気だった。 |
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さて、上の画像の道を上っていくとゴールの駐車場だが、ここは新井城跡から海沿いに回りこむ寄り道をしてみることにする。 新井城のあった高台から油壺湾を見下ろすと、確かにここは海から攻められない。 断崖から奇襲をかけることなどは不可能。 水を得意分野とした三浦氏ならではの築城だ。 |
| 西に下りていくと、荒井浜(あらいはま)のビーチが見えてきた。 ここは『日本の水浴場88選』に選ばれ、また毎日新聞のランキングだとその中でも2位に輝いたという場所。 小ぢんまりとしたビーチだが、砂が丸くて粗く、そのおかげで浄化作用が効いているのだという。 波打ち際は砂でドロドロ、ということがなく、透明度は抜群だ。 |
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ここでは毎年笠懸(かさがけ)が行われるのでも有名。 これは馬に乗りながら遠くの笠や的を狙うもので三浦一族のお家芸。 笠懸が見られるのは日本でここだけだという。毎年5月の最終日曜日に開催されている。 また、この浜からは観光船も出ている。 ここから城ヶ島へは30分、1300円だ。 9時から17時まで、毎正時の出発。 |
| 荒井浜から、マリンパークの下をまわりこむようにして歩く。 ここからは葉山、江ノ島、伊豆半島がくっきりと見え、夕陽もきれいなところだ。 さわやかな秋の海風を浴びながら、ゴツゴツした岩の上を歩いていく。 遠くの岩の上では昼寝をしたり、カメラを海に構えたり。浜で話し込む茶髪の高校生も。ここはとりわけ若い奴らが多いような気がする。 |
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とっておきの海を探して、とっておきの時間を過ごす。 みんな、海が好きなんだろう。 そんなのどかな時間が、ここには流れている。 車も乗り入れられない海だから、静か。 他の浜とは明らかに違う雰囲気が漂っていた。 |
| 階段を上がって、北側の胴網(どうあみ)海水浴場にまわりこむ。 今度は小網代(こあじろ)湾の入り江だ。 さっき通った西側の岩と違い、こちらの岩は全体的に黒い。 だから空が曇っていたり、秋の午後とかはどこか物悲しい雰囲気になってしまう。 しかしここも小さいけれどとってもきれいなビーチ。家族で海水浴、なんていうアットホームさがよく合うかもしれない。 |
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この小さなビーチに別れを告げて、奥の急坂を登っていくと、三浦道寸義同(みうらどうすんよしあつ)の墓がある。 新井城攻防戦の末自決した彼が見下ろす先にはきれいな小網代湾が。 この墓を過ぎるとゴール。 京急油壺マリンパークに寄ってもいいし、海洋深層水露天風呂で疲れを癒すのもいい。 |
| かつて義同が戦った場所には、やわらかい太陽の光が降り注いで、そこで人々は動物とたわむれたり露天風呂に入ったりマグロに舌鼓を打ったりしている。 三浦一族がタイムスリップしてきたら、その光景にさぞかしびっくりするだろう。 でも、すぐに彼らは安心するはずだ。 そこには、500年前と変わらないきれいな海と夕陽があるのだから。 |
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| ●このツアーの詳細地図はこちら→南の入り江ウォークマップ |
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| 2002.9.29 |