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幻の三浦大根を追え!〜高梨さんちのはたけをゆく

たかいく農園ホームページ [地図]

”三浦”といえば”三浦大根”を連想する人は多いと思う。
しかし三浦大根って何なのか、見たことも食べたこともなかった。
恥ずかしながら、”三浦産の大根=三浦大根”だと思っていた私・・・。どうやら、本当の三浦大根は大きくて60センチくらいあって身が詰まっていてとにかくでかいらしい。
しかし、そんな大根、スーパーや八百屋で見たことはない。まさに幻の三浦大根、なのだ。
たまたま、『三浦半島・20世紀の事件簿』のために過去の新聞記事を漁っていたら、こんな記事を見つけた。1965(昭和40)年10月13日付神奈川新聞の”カメラ散歩・半島の秋”だ。
・・・晩秋から3月にかけて収穫する三浦ダイコンは一番味のよい品種のひとつ。おでん種、みそをつけて食うふろふき、煮物、ダイコンおろしと何でも向くのだが、土地のちりめんざこ、小エビ、ナマコ、カキなど海のものとあえ物にすると他では見られないおつな食べ物になるから不思議である。
平均気温15度という温暖な三浦丘陵の面積410ヘクタールに作付けされ年間2万4000トンが京浜方面へトラックで出荷される。沢庵漬けなど加工用よりは味覚と新鮮さが呼び物になって生食されるものが圧倒的に多い。量からいっても質からいっても「三浦ダイコン」はひとかどの産物になった。・・・
かあちゃん農業で育つ三浦大根
なるほど。三浦大根は相当な量が作られていたのか。当時のスイカの生産量は年間2万2000トンだから、スイカよりも多く作付けされていたことになる。
しかし同じ記事にはこんなことも。”ビタミン、ジアスターゼを豊かに持つ三浦大根の裏側には安定経営を熱望する農家の悩みもちょっぴり秘められている。”・・・いったい、今はどうなっているんだろう?と思い、三崎口駅から徒歩5分のたかいく農園さんを訪ねた。
高梨さんご一家 たかいく農園は三崎口駅から城ヶ島へ向かう国道の途中にある。露地栽培で大根、スイカなどの野菜をたくさん作っている。
この農園を取り仕切る高梨さんにお話を聞くと、やはり、三浦大根は幻のものになってしまっていた。
まず、でかい。60センチもあって太い三浦大根はスーパーに並べるのにはかさばって場所をとりすぎてしまうのだ。
それに、食いきれない。最近の家族構成は少子化で核家族が多く、昔のような大家族ならでかい大根一本使いきれるだろうが、今はとても食べられない。
今よく売っている青首大根だけでも食べきれないのに、ましてや巨大ダイコンなんて・・・、である。
さらに、手間がかかる。青首大根のように大雨でやられても再び作付けすることができないために生産性が極端に低いのだ。
そんな理由から、今は青首大根と三浦大根の割合が9対1になってしまったという。
35年前の24000トンなどはもう遠い昔の話で、今は絶滅寸前といったところだろう。
しかし、もともと味覚に富んでいるこの三浦大根。今でも、おでん屋さんや料理屋さんからの注文は続いているという。たかいく農園でも、わざわざ県外から買い付けにくる業者もいるほどだ。
これで種をまく。
ていねいに間引きをしていく。 そんな注文に応えるために、ここではちゃんと三浦大根の灯を守っている。
種まきは上の画像のような道具を使う。
これはビニールテープにあらかじめ等間隔で種がとめてあって、車を動かすと地面に種を落としていくという優れもの。これでずーっと向こうまで一直線に三浦大根の列が続く。
ここを訪れたのは秋のはじめ。ちょうど最初に作付けした三浦大根の芽が出てきた頃だった。
これから左のように丁寧に間引きをするなど、12月頃から第一陣が産まれてくる巨大な息子たちのために高梨さん一家は手間を惜しまない。
冬に姿を表すこの幻の逸品は一体どんなものなのか、興味深い。
貴重な貴重な三浦大根を食す・・・。20世紀最後の贅沢のような感覚はうれしいけれど、やっぱり、寂しい。

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2000.10.23