三浦半島をあるく!に戻る

      ヴェルニー公園20世紀〜横須賀港ストーリー      

ヴェルニー公園20世紀〜横須賀港ストーリー

横須賀市汐入町
JR横須賀駅すぐ
[地図]
※駐車場はありません

●関連ページ●
700億円の男・小栗上野介〜ヴェルニー公園21世紀


江戸幕府勘定奉行小栗上野介忠順とフランス海軍大技師ヴェルニーの尽力で横須賀製鉄所の建設がはじまったのが1865年。
それから20世紀にかけて、たくさんの船がここで作られ、世界中の海に散っていった。それと同時にたくさんの人々がこの海を眺め、そして思いをはせていたに違いない。
そんな人々を見守っていたのがこの逸見(へみ)波止場衛門だ。通称”軍港波止場”への入り口。
横須賀本港が海軍の重要施設になるにつれて、横須賀駅を降りてすぐ眼前に広がるこの港への立ち入りはここで厳しくチェックされていたはずだ。
現在の軍港波止場衛門
1930年の軍港波止場衛門

1930(昭和5)年の軍港波止場入口。はるか遠くには軍艦のマストらしきものが・・・
(『目で見るよこすか100年』より)
左右に2つ向き合うように並んだ衛門は、今見るとかわいらしい帽子をかぶった双子のようだが、当時は鉄兜をかぶったマッチョな2人というべきか・・・、それはそれはこわいゲートだったろう。
このゲートの先には波止場があり、そしてその先には軍艦がズラリ。
ここをとおっているのがアメリカ人の兵士ではなく日本人の兵士である、ということすら今からはぜんぜん想像のつかないことだ。
1939年の軍港波止場衛門
1939(昭和14)年の軍港波止場
(『目で見るよこすか100年』より)
それもそのはず。終戦後、この地区はすべてアメリカ軍に接収されて、現在もアメリカ海軍基地がドーンとあるのだから、我々横須賀市民はアメリカ兵の姿は見慣れているのだ。
1955年の軍港波止場


1955(昭和30)年の軍港波止場。中央下にちゃんと門がある。この門を拡大すると”MP(military police)"の文字が・・・。アメリカ軍の占領時代を表す画像だ。
(『横須賀市史』より)
その後この衛門のまわり一帯は市によって臨海公園となり、ヴェルニー公園と改称して現在に至っている。
そして2001年、このヴェルニー公園は完全にリニューアルして生まれ変わる。
ヴェルニーにちなんでフランス式の庭園ができるらしいが、一体フランス式とは?
この公園は現在は工事中で中に入ることはできないが、工事の様子は小栗上野介忠順とヴェルニーの銅像がしっかりと見守っている
工事中のヴェルニー公園
日本の近代を支えたこの2人は、21世紀の日本にどういう言葉を与えてくれるのだろうか。
そして衛門が眺める景色は、のんびりとした、港の景色でありつづけるのか・・・。
カップルの眼前にはプカプカとアメリカの潜水艦が浮ぶ・・・そんな日本でも珍しい公園が、もうすぐ、誕生する。

三浦半島へ行こう!へ戻る三浦半島へ行こう!に戻る
2000.6.12